LifeStyle

Dr.村中璃子のからだノート

2019/05/23

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「ワクチンを接種する」という社会貢献

 

2018年の風疹大流行の影響で、埼玉県で赤ちゃんに先天性風疹症候群が出ました。先天性風疹症候群とは、妊娠中に女性が風疹に感染すると、赤ちゃんが難聴や白内障、心臓の病気などの障害をもって生まれてくることです。
赤ちゃんのママは風疹ワクチンを接種していました。しかし、接種から時間が経つにつれて抗体は減り、感染を予防するには十分な量がなくなっていたのでしょう。検査の結果、ママは風疹にかかっていたことが分かりました。

 

山火事が広がりやすいのは枯れた森?みずみずしい森?

これはたぶん「防げる悲劇」でした。ワクチンを接種していたのだから「防げない悲劇」だろうと思う人がいたら、乾いた森を想像してみてください。
森にある1本の枯れ木に火がついたとします。燃えたのがたった1本の木であったとしても、枯れた木の多い乾いた森であれば、火はあっという間に森全体に広がります。
では、川が流れ、水分を多く含んだみずみずしい木のたくさんある森ならどうでしょうか。火は木から木へとは燃え広がりづらく、川の手前で家事は食い止められます。森全体が燃え上がる山火事になることはないでしょう。

ワクチンと社会との関係は、水と森との関係に似ています。水が多い森では家事が広がらないのと同じように、ワクチンの接種率が高ければ、病気が広がることはないのです。このように、社会全体で病気を防ぐ力のことを「集団免疫」と言います。
社会には、ワクチンを接種できない人や、ワクチンを打っていても病気から守られない人が必ず一定数います。基礎疾患や妊娠、アレルギーなどの理由でワクチンを接種できない人もいれば、接種しても免疫応答が十分でないために十分な抗体が得られない人もいるからです。ワクチンを打っていても知らないこうたいがへって間に抗体が減ってしまう人もいます。
しかし、健康な人たちがみんなでワクチンを接種していれば、水分の多い他の木や小川が燃えやすい枯れ木を守るように、ワクチンの使えない、社会で一番弱い人たちも守ることができるのです。

 

 

麻疹が大流行しないのは95%の接種率のおかげ

集団免疫は一般に接種率が60%くらいになるとはっきりとその効果が見え始めます。しかし麻疹(はしか)のように極めて感染力が高く、重症化すると命を奪う病気では95%の接種率が必要です。
今年の初め、三重県のある宗教施設で行われた研修会から麻疹が流行しました。この宗教ではワクチンを含む医療品全般を否定し、教祖が手をかざすと病気が治るという信仰を持っていました。研修に参加した10代20代の多くがワクチンを接種しておらず、1人に麻疹が出るとほぼ全員が麻疹になりました。そして、大阪で行われたアイドルの握手会などをきっかけに、宗教とは何の関係もない人たちの間にも流行を広げていきました。しかし、幸いなことに麻疹ワクチンの接種率は平均で95%。そのため麻疹は風疹のような全国的流行には至っていません。これぞ集団免疫の力です。

 

 

社会全体で、子どもたちを悲劇から守っていくために

麻疹はかかれば今での1,000人に1人は亡くなる病気。しかも犠牲者のほとんどが子どもたちです。麻疹に限らず、「ワクチンを打たなくても自分や子どもには十分な抗体がある。だからかからない、かかっても治る」という確証はどこにもありません。また他の人にうつした時、その人やお腹の赤ちゃんが無事だという保証もありません。
どんな進行を持とうと、ワクチンを拒否しようと「個人の自由」ということもできます。しかし、個人では難しいが、社会全体で努力すれば防げる悲劇を防ぐためにも、宗教や信条を超え、1人でも多くの人がワクチンを接種することで、大切な子どもたちをしっかりと守っていきたいものです。

村中 璃子さん
医師・ジャーナリスト。
京都大学医学研究科非常勤講師。
世界保健機構(WHO)を経て、
メディアへの執筆を始める。
2017年、ジョン・マドックス賞受賞。
著書:「10万個の子宮」(平凡社)